東京高等裁判所 昭和57年(う)1251号 判決 1982年11月09日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
一控訴趣意第一点の一の論旨について<省略>
二控訴趣意第一点の二の論旨について
所論は、原判示第三の救護義務違反の事実について、被告人は、「大丈夫ですか」と声をかけて被害者を抱き起こし、通行人に救急車の依頼をしたうえ、現場に接近する救急車を確認してから現場を立ち去つたものであるから、加害者として採るべき措置は十分に講じており、この義務違反を認定した原判決には事実誤認があると主張する。
関係証拠によれば、たしかに、本件事故惹起後被告人は下車し、転倒していた被害者を引き起こし、「大丈夫ですか」と声をかけたものの、付近の者らが、「動かさない方がいい」というので被害者を路上に寝かせたままにしていたこと、次いで被告人は周囲の人に救急車の手配を頼んだこと、しばらくして救急車が現場に接近してくるのを確認するや、被告人は、「救急車が来れば、無免許、飲酒運転が判り、つかまつてしまう。そしてしばらく出てこれないかもしれない。その前に会社に戻つて仕事の打ち合わせをしよう」と考え、そのまま現場から立ち去つたことが明らかである。
しかし、救護等の措置としては、決して被告人の右程度の行為で十分であるとは考えられないのであつて、本件においては、自動二輪車を運転していた被害者が、数メートル先の交差点内路上に跳ね飛ばされて転倒し、鼻口部から出血し、意識もはつきりしないまま放置された状況であり、また、交差点内の衝突個所付近にはガラス片も散乱していた状況であつたから、例えば、被害者の救護措置として、到着した救急隊員とともに被害者を救急車に搬入することは勿論、場合により被害者を病院に収容するのに同行するとか、救急車到着までの間被害者の容態を見守るとともに適宜止血措置を講ずるとか、あるいは、適切な救急手当のために被害者の受傷当時の状況やその後の容態等を救急隊員らに説明するなどの行為も要求されていたというべきであるし、また、現場道路の危険を防止する措置としても、接近する車両に急を告げて二重の事故を防ぐなどの行為が同様に要求されていたというべきである。したがつて、本件において、被告人は到底救護等の義務を尽くしたものとは認められないのであつて、被告人が道路交通法七二条一項前段に違反したことは明らかである。原判決には所論のような誤りはない。論旨は理由がない。
三控訴趣意第一点の三の論旨について
所論は、原判示第三の報告義務違反の事実について、右義務は、行政法規上、運転免許を許可された者の特別の義務であつて、そもそも被告人のような無免許運転者は自己に不利益な事実を報告すべき立場にはないから、報告義務違反の事実を認めた原判決には事実の誤認があると主張する。
しかし、道路交通法七二条一項後段にいう警察官への報告義務は、車両等の交通による人の死傷又は物の損壊があつたときに、道路における危険と被害の増大を防止し、交通の安全をはかるため、車両運転という絶えず事故発生の危険を伴う行為に従事している当該車両の運転者又はその他の乗務員(運転者死傷のためやむを得ない場合)に対し法定の事項についての報告義務を課したものであり、その規定の仕方からみても運転が運転者免許取得者であるかどうかを問わないと解すべきであることが明白であるから、原判決が免許を有しない被告人に右報告義務違反の事実を認めたとしても、何ら誤りはない。論旨は理由がない。<以下、省略>
(櫛淵理 松永剛 中西武夫)